REPORT

歴史文化施設とブランディング

ラボカフェ03
適塾 × graf

開催日:2018年11月7日
会場:アートエリアB1

歴史文化施設とブランディング 歴史文化施設とブランディング 歴史文化施設とブランディング 歴史文化施設とブランディング
歴史文化施設とブランディング 歴史文化施設とブランディング 歴史文化施設とブランディング 歴史文化施設とブランディング

緒方洪庵が開いた「適塾」は学者や医師や政治家を数多く輩出した私塾として知られ、現在は国史跡・重要文化財として蘭学に関する歴史資料と合わせて広く公開されています。適塾のような歴史文化施設をどのようにして継承していくのかは、伝統文化の共通課題。
今回は大阪大学適塾記念センター准教授の松永和浩さん、そして中之島を拠点に活動を展開するクリエイティブユニット「graf」の服部滋樹さんをお招きし、歴史文化とブランディングについて語り合いました。

 

<適塾はじめて物語>
松永 文化財をめぐる議論はさまざまにありますが、文化庁の規定では、文化財は国民共有のもの。「国民的財産」として定義されています。ですので、今日は国民・市民のみなさんと一緒に議論したいと思います。
 文化財は保護と活用という相反する課題を常に抱えています。文化財の活用について大学人が考えると発想が限定的になってしまいます。今回は服部さんの外の視点、切り口で新たな価値や魅力を見つけてもらえれば、と思ってやってきました。それらが文化財の活用を方向づけるブランディングの素材になると考えます。昨年、ある閣僚が「学芸員は癌だ」と発言しました。これは先の国会で文化財保護法が改正され、文化財を保護から活用に重心をシフトしていこうとする方針転換の動きのなかでの発言ですが、学芸員たちからは多くの怒りの声があがりました。美術館・博物館は文化財保護の最後の防波堤であり、一見すると保護に偏っているようにみえるのかも知れませんが、多くの施設は、各館のリソースを活用する努力を続けてきました。それは適塾も同様です。例えば適塾特別展示や見学会、最近では「社学共創クラスター」としてグッズの開発、適塾の「お庭再生」、図録をつくるためのクラウドファンディングなど、新しい取り組みにも力を入れています。

ところで、適塾とはどんな場所でしょうか。今からちょうど180年前に緒方洪庵が創設した蘭学塾で、1845年に現在の場所に移転しました。幕末の維新期に活躍した人材を多く輩出したこの私塾は、オランダ語の読解の基礎を学ぶ場として全国的に知られ、年功・身分に関係なく、唯一成績で等級を決める実力主義の学校です。現在、大阪大学が適塾を管理していますが、それは大阪の医学教育をこの塾の出身者たちが担ってきた歴史が、一つには関係しています。
 ここからはブランディングのヒントとなる、いくつかエピソードを紹介しましょう。例えば洪庵は刻苦勉強の人で、ぼろぼろの単衣で勉学に打ち込んだそうです。分け隔てなく平等に患者を扱う人格者でしたが、あまりに厳格すぎて患者から敬遠されていた……なんて残念なエピソードも残っています。夜は深夜まで翻訳に従事していたそうで、背中で教えるタイプの教育者でした。
 彼を支えた妻・八重はとても温厚で良妻賢母のかがみだと思われてきましたが、最近発見された自筆の書状には、息子を「大バカ者」と罵ったり、「新しい商売をして儲けよ」と書いていたりしています。これら新出書状の研究は始まったばかりで、のちのち、また違った人物像が明らかになるかもしれません。

 塾生たちのエピソードも破天荒です。無頼で、勉強以外のことは(ほとんど)考えない。塾生だった福沢諭吉の自伝によると、旺盛な好奇心を持ち、豚の頭を解剖して煮て食べたり、アンモニアを製造しようとして異臭で近所迷惑になったり。硫酸の製造では、頭からかぶって衣服がずたずたになったとか(笑)。
 塾風はとにかく無頓着で乱暴狼藉で不潔。みんな裸同然で勉強に勤しむ。塾生の生活空間だった二階の塾生大部屋の柱にたくさん残された刀傷は、議論が嵩じて高ぶった感情の現れかもしれません。
 成績上位者には畳一畳の場所の選択権が与えられ、月六回のテストでひと月ごとに交代。窓際は良所で、階段などは悪所。質素な食事は立ち食いが基本で、1と6のつく日はネギとサツマイモの難波煮。阪大中之島センター内のリーガロイヤルホテルが運営するカフェに「適塾御膳」というメニューがありますが、もちろん実際の料理とは違い違い、ここまで豪華ではありません(笑)。

その他に手塚治虫の曽祖父である手塚良庵も塾生で、遊郭通いで有名でした。そういった青春の集積が、日本の近代化を生んだわけですね。その場所が残っていることに加えて、当時の状況を伝える資料も残られていることが、適塾の貴重なところではないかと思います。

 

<デザインは時代で変わる>

服部 適塾、面白いですね! ぜひブランディングしていきましょう。例えばそういったストーリーを示していけば、現代の適塾が社会とコミュニケーションをとりたがっているのが伝わるのではないでしょうか?
 話の接点として、「graf」についてお話ししたいと思います。中之島に来て20年を迎えた私たちは、「共働するデザイン」「モノとコト」という発想で活動してきました。
 20世紀はモノの時代です。戦争に敗れ、日本は焼け野原からの再生を目指しました。敗戦から10年ほどで松下電工、HONDAのカブが開発されたように「生活を生み出す」「不便を便利にする」ことがミッションの時代だったわけです。デザインに機能性が求められた時代とも言えるでしょう。
 モノに溢れた高度経済成長期は、デザイン=豊かさの時代に移ります。嗜好性・消費の細分化が進み、細かいカテゴリー分けによる、効率のよい高回転型が目指されました。すると、デザインの形状や表層について多く語られるようになり、デザイン=経済の時代が始まります。
 しかし90年初頭にバブル崩壊が訪れ、時代は大きく変わります。ちょうど僕が学生の時代で、4年生の先輩はソニー、松下、シャープと内定が決まり、企業が合コンを組んでくれるような状況でしたが、バブルが弾けた後の3年生の先輩は30社行っても内定がもらえず、という天国と地獄を垣間見たんですね。そういったなかで僕や周囲の若者たちは「21世紀を目前にして我々はどう生きていくか? どんなものづくりを志すか?」を考えていくことになります。

 

<モノ+かたり=ブランディング>

服部 いわゆるハコモノ行政の思考は「ハコ(をつくり)→コト(を生み)→モノ(が生まれる)」という発想ですが、grafはヒトが出会い→コトが生まれ→コトの為にモノが生まれる、という創業理念を掲げました。
 grafのメンバーは、デザイナーだけでなく、料理人、映像作家などさまざまな人材で構成されています。ボーダーを超え、一つの専門性にこだわらず、例えばグラフィックデザイナーがプロダクトをつくったり、畑をつくったりもしました。そこで意識されるのは、リサーチからアウトプットへと至る「つくるプロセス」の提示です。つくるプロセスこそ、消費者の方々は知りたいと思っている。体験型に興味を持っているんです。なぜなら、安心安全や環境に対する考えなど、背景にある事を知りたい!って思うからなのです。

では、それを伝えるメッセージをいかに表現するべきでしょうか? ここでみなさんにクイズです。ブランディングを漢字二文字で表現するとなんでしょうか?
 答えは「物語」=モノ+かたり。昔はモノが語る時代でしたが、今はモノを語る時代。モノだけでもダメ。語るだけでもダメ。両輪を丁寧に結んで、興味を持たない人にも楽しく伝わるように語ることがブランディングの成立要件なんです。

 

<コミュニケーションする文化財>

服部 適塾に限らず、文化財は施設使用の制限が厳しいですよね。例えば適塾は何がハードルになっているのでしょうか?

松永 やはり文化財保護法です。現状変更は文化庁の許可がないと認められていませんし、破損や汚損といった行為は当然NGです。適塾では火気はもちろん、飲食物の持ち込みやボールペンの使用を禁止しています。また、耐荷重の関係で二階は一度に20人しか入れないといったルールもあります。

服部 活用するには規制が厳しいわけですよね。でも、コミュニケーションは「あの人、しゃべりたそうだな」って雰囲気がないと生まれません。例えばSNSを使って、適塾自体が話したがっているという雰囲気をつくるのも一つの手でしょう。手塚治虫botなんていうのもありますね。
いずれにせよ、客観視したときにヒントは出てきます。ボーダーを超えるという意味では、例えば適塾のライバル的存在だった合水堂にも登場してもらうとか。あるいは、適塾以外の場所に自ら出て行って「ポップアップ適塾」を開催するとか。

松永 いろんなチャンネルとつながれそうですね。

服部 適塾が多くの才能を輩出したインキュベーター施設だったという点も長所。同じ男としては、臭い飯をいっしょに食っている感じはドキドキします(笑)。汗臭さい時代に共感できる。歴史上の有名人が有名になる前にいた場所。そこにはブランディング=物語の種があると思います。そうやって、適塾の思想を現代に落とし込んでいくのはやり甲斐がある。

松永 適塾の精神を継承していくことは大阪大学の理念でもありますから、その発想はいいですね!

服部 僕は「伝統」を後世に伝えるには3つの要素が必要だと思っています。それは思想、技術、習慣。
思想や技術の必要はわかりやすいですが、習慣を変えた蓄積の先に生まれるのが「伝統」なんです。例えば、掃除してこなかった部屋の隅を掃除する習慣をつけると、美しくなる、とか。

松永 適塾は、まさに伝統を売りにしている施設です。市民からすると、どこかお高く止まっているというイメージがあると思いますが、それを変えていきたい。
伝統や文化財の扱い自体が、歴史的に曲がり角に来ている気がしています。文化の危機は歴史上何回も起きていて、そこで残ったもの、残らなかったものがある。その現実に歴史家が真剣に向き合う時期に来ているのかもしれません。

 

参加者も交えたトークの後半では、適塾のブランディング戦略に関して、建物や文物の価値、他施設との連携、グッズ開発、マンガなどの物語を伝えるためのメディアの活用など、様々な方面から多彩なアイデアが提案され、適塾の持つ潜在的な魅力に改めて気付かされました。

[文:島貫泰介]

歴史文化施設とブランディング 歴史文化施設とブランディング 歴史文化施設とブランディング 歴史文化施設とブランディング