REPORT

大阪の学問・科学史をたどる

サイトツアー02
大阪市立科学館 × 大阪府立中之島図書館 × 適塾

開催日:2018年11月18日

大阪の学問・科学史をたどる 大阪の学問・科学史をたどる 大阪の学問・科学史をたどる 大阪の学問・科学史をたどる 大阪の学問・科学史をたどる 大阪の学問・科学史をたどる 大阪の学問・科学史をたどる
大阪の学問・科学史をたどる 大阪の学問・科学史をたどる 大阪の学問・科学史をたどる 大阪の学問・科学史をたどる 大阪の学問・科学史をたどる 大阪の学問・科学史をたどる 大阪の学問・科学史をたどる

<大阪の「知」を訪ねて>

11月18日の昼下がり、大阪市立科学館の横に大勢の人たちが集まっています。みなさんの目的は、かつて中之島とその周辺に集っていた学問の場、学術拠点をめぐるツアー「大阪の学問・科学史をたどる」に参加すること。大阪市立科学館学芸課長の嘉数次人(かず・つぐと)さんのガイドで、あちらこちらを徒歩で散策していきます。

嘉数 大阪は「天下の台所」という言葉で代表されるように経済都市というイメージがありますが、古代から現代にいたるまで先端的な科学技術が根付いてきた土地でもあります。例えば、古くは難波宮の造営には高度な建築技術が必要でしたし、道修町では江戸時代から現在まで薬関係の業者が並んでいます。現代では隣の東大阪の工場で航空機やロケットの部品をはじめ最先端のモノづくりが行われています。今回は江戸時代から昭和に特化して、大阪ゆかりの科学者の史跡をめぐっていきましょう。

短いレクチャーを経て向かった最初のポイントは、科学館から徒歩約0分(!)。科学館裏手にひっそりと立つモニュメントです。原子をモチーフにしたようなオブジェが示すのは、かつてここに大阪大学の理学部があった証。大阪大学の前身である大阪帝国大学の時代から同大は、昭和6年から39年までこの場所にあったのです。土星のような形をした原子の構造モデルを考案したことで世界的に知られた物理学者・長岡半太郎を初代総長に迎えた大阪帝大では、理学部にノーベル賞受賞者の湯川秀樹など、優れた研究者たちが集いました。記念碑に記された長岡の座右の銘「糟粕(酒の搾りかす)を嘗むるなかれ」(つねに独創的であれ)は、阪大の精神を象徴しています。

 

<未来を予見する都市>

中之島南側の土佐堀川を超えて向かったのはごく普通の公園。ここは、緒方洪庵の師匠である中天游(なか・てんゆう)が開いた思々斎塾(ししさいじゅく)の跡地です。開業医をしていたにもかかわらず研究肌で商売っ気の希薄だった天游は、現存する資料が少ないこともあり無名ですが、医学だけでなく光学や万有引力の研究なども行っていた優秀な研究者でもありました。
 来た道を再び戻り、堂島川のほとりにある福沢諭吉生誕の地に立ち寄った後は、中之島でも特に歴史のあるネオバロック様式の大阪府立中之島図書館へ。重要文化財に指定されている同館には、図書館をつくり、図書購入資金を寄付した住友家の古文書や郷土資料なども収められ、科学に関する本も充実しています。ここでは、嘉数さんが、自らピックアップしたいくつかの資料を解説してくださいました。そのうちの一冊が、橋本宗吉の『阿蘭陀始制エレキテル究理原』(資料は同図書館で閲覧可能)。

嘉数 宗吉は、中天游の師匠で大阪初の蘭学者。もともとは傘の紋描きを生業にしていましたが、すぐれた記憶力が認められて江戸へ留学。わずか4ヶ月でオランダ語4万語を覚えたと言われています。もっとも有名なのは、平賀源内が紹介したことで知られるエレキテルを使った研究です。源内はエレキテルを主に見世物として使ったのに対し、宗吉は電気を学問的に研究するのに使いました。つまり日本の電気学の始祖とも呼ばれているのです。

この他にも江戸時代に人々が把握していた天文学の知識を伝える資料などが紹介され、時代劇のようなイメージとはまるで違った、科学的で現代的な感覚と知識を持った約200年前の大阪人たちの姿が浮かび上がりました。

 
<民から立ち上がる>

町人たちが資金を出しあって設立した儒学の学問所である懐徳堂跡を経て、日本最古の木造幼稚園として現在も活用される愛珠幼稚園へ。この地は江戸時代に「銅座」つまり銅の取引所が置かれていました(現在の幼稚園の建物自体は、銅座とは無関係)。
 江戸時代、大阪には全国で産出された銅を精錬する工場が置かれていて、大阪で精錬した銅が、国内外で流通していました。特に海外との交易で使われた銅は、オランダ東インド会社を通じてヨーロッパに渡り、一時期は西洋の銅相場に影響を与えていたと言います。
そして本日のゴール地である、適塾へ。緒方洪庵が開いた蘭学の私塾であるここには全国から選りすぐりの精鋭が集い、約千人の塾生を輩出しました。そのなかには明治維新に深く関わった重要人物たち、そして福澤諭吉ら明治以降の近代化に足あとを残す人たちも名を連ねていました。
 この日見て回った場所の多くが、民間の力で開かれた学問拠点であることは大阪と中之島の際立った特徴と言えるでしょう。商業と学問が分かち難く結びつき、例えば懐徳堂や適塾は、大阪大学のルーツとなりました。若者たちの野心と探究心、それを支えてきた町人たちの意思を感じる、特別なツアーでした。

[文:島貫泰介]

[画像(上から)]
・まち歩きの様子
・大阪大学理学部記念碑
・中天游邸跡
・福沢諭吉生誕の地
・大阪府立中之島図書館
・懐徳堂旧址
・緒方洪庵旧宅(適塾)

大阪の学問・科学史をたどる 大阪の学問・科学史をたどる 大阪の学問・科学史をたどる 大阪の学問・科学史をたどる 大阪の学問・科学史をたどる 大阪の学問・科学史をたどる 大阪の学問・科学史をたどる